中央大学から世界へ!の日記

人間は己の才能を活かし、役割を果たすために生まれてきた。 世界には、きみ以外には誰も歩むことのできない唯一の道がある。その道はどこに行き着くのかと問うてはならない。 ひたすら進め。

中央大学の全ての政策は、全てに計算し、全てにこだわりを見せなければならない。

なぜなら、人間は比較の中で生きているから。例えば、

イケメンとブサメン
美人とブス
背が高いか背が低いか
金持ちか貧乏か
偏差値の高低
大学の社会実績
社会的ステイタスの有無
大卒か否か
通学が便利か否か
キャンパスが美しいか否か
ファッションセンスがあるかないか
都会出身か否か

他にも無数にあるけど、人間はこういう比較に瞬間的に反応してしまうようにできている。本能的に判断するようにDNAに植え付けられている。

だから、中大に関わる全ての政策や名称は、受験生や世間に良いイメージを持ってもらえるように、全てにこだわりを見せなければならない。建築デザインも絶対に妥協してはいけないし、名称にしたって一言一句、絶対に雑な名称を付してはならない。

例えば、多摩に建設する理工学部キャンパスは、一見しただけで【こりゃ、すげぇ!この大学で勉強したい!】と思わせるような建築美に絶対しなければならない。もちろん、ハード面の充実だけでなく、ソフト面の充実も必然だ。以前、書いたように女性に特化したキャンパスデザインにするってことは良い宣伝になるだろう。

http://3030miwachan.blog.fc2.com/blog-entry-135.html?sp

とにかく、今の中大のイメージと対極にある政策を緻密に緻密に計算して、どんどん実行すること。

そして、その政策は、全てに「オシャレ、かっこいい、上品、新鮮、面白い、かわいい、分かりやすい、イメージしやすい、キャッチー、親しみやすい、伝統を感じさせる、重厚感がある、威厳がある」。

これらの感覚的、瞬間的に良いイメージを持ってもらえる基準を忘れないことだ。

人間は感情、感覚、印象、直覚、知覚、フィーリングの生物。
だから、その人間の根本的性質に訴え続けることができる政策をどんどん実行しなければならないんだ。

反面、「ダサい、田舎くさい、二番煎じ、ありきたり、パクリ、新鮮味がない、わかりにくい、軽薄、分けわからん、学部学科名からイメージが湧かない、明らかに年寄りが付したネーミング」。

こういうのは絶対にダメだ。

国際日本学部
マネジメント創造学部
現代ライフ学部
観光学部
環境情報学
人間科学部

こういう学部名で勉強したいと思う?思わないでしょ?

こういう
・感情に訴え続けることができない
・興味を持たれない
・虚脱する
・白ける

ような名称なんて絶対だめなんだ。

キャンパスにしたって、同様の建築物は多いでしょ?

だから、全てにこだわりを見せることが何より大事なんだ。

だから、間違っても駿河台世代のじっちゃん達に政策案や命名権の全てを与えないこと。ジジイには、絶対に良案やカッコいい名称など思いつかない。

人間というのは、基本的に自分が育った環境の埒外の発想はできないんだ。

「炎の塔、多摩、白門、八王子、野
猿街道、質実剛健駿河台記念館、21世紀館」

これらが何よりの証拠でしょ?

こんな受験生ウケや世間ウケを全く考えていない名称を付すなんてことは、本来あってはならないこと。

中大は、一生残る建築物のデザインや名称を安易に考えすぎ。全てのバランスを考えて、もっと大学関係者や受験生や世間の人達が、感覚的かつ瞬間的に魅力を感じるような建築デザインや名称を付さないとダメ。

全ての政策や名称にミリ単位でこだわりを見せ、ライバル大学より1ミリでも優位に立てるように全てに工夫をすることが何より肝心だ。