中央大学から世界へ!の日記

人間は己の才能を活かし、役割を果たすために生まれてきた。 世界には、きみ以外には誰も歩むことのできない唯一の道がある。その道はどこに行き着くのかと問うてはならない。 ひたすら進め。

1:俺の戦略

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自分で考えたり、引用したりしてどんどんアイデアを足していくから時間のある時に読み返してね♪これ以上のアイデアはない!

文系3.4年後楽園移転を機に、

①外国語学部の創設
②学科の改組、再編
③後楽園キャンパスを未来都市に模したキャンパスに改築
理工学部の多摩キャンパス建設と共に航空宇宙学科と建築学科新設。経済学部に外資金融学科の新設。
⑤多摩キャンパスをハリーポッターホグワーツ城とビッグベンを模したキャンパスに改築する。
⑥起業に特化した学部の創設
⑦多摩キャンパス・駿河台・市ヶ谷に学生寮の建設 
⑧医学部創設
⑨臨海部の50万平米のワンキャンパス

①~⑦は同時にやる。

この流れがベストだと個人的に考えます。よく法学部だけ回帰させるとか、法学部をまず回帰させて、その後に経済学部や商学部を順次移転させるとか、 総合政策学部だけ都心のビルキャンに回帰させるとか、ビルキャンに新設学部のみを作るとか言ってますが、中大の今の状況を考えれば、全学部平等に学年割れがいいと思います。その方が学部間で軋轢が起きませんし、何より関係者の誰もが納得する確率が一番高い。遺恨はなるべく残さないことです。

法学部のみが移転したら他学部は凋落します。学部全体の底上げになりません。一強他弱では大学としてのパワーバランスも悪すぎますし、中大全学部の底上げのためにも平等に学年割れがいい。

その証拠に早稲田の所沢キャンパスも慶応SFCも法政多摩も立教新座も学部割れにより価値が失墜している。中大もこれらの大学の二の舞にならないように学年割れにすべきです。

また、なんだかんだ言って多摩キャンパス は 勉強する環境として恵まれています。予備校だって充実しており全てが大学内で事足りる。
時間の節約もでき、何より全てが安い。このメリットは捨て難いです(図書館も1年365日24時間開館にしたらいいのにね。もちろん後楽園も)。

また、都心回帰したからといって、学生が猛烈に勉強して実績を上げてくれるという保証はありません。誘惑が多すぎて遊ばれるかもしれない。そんなの都心回帰した意味がありませんよ。大学にとっては遊ばれては困るのです。大学は結果を出してもらうためにも、学生に毎日鬼のように勉強してもらわないと困るのです。そのためにも誘惑の少ない多摩で、毎日鬼のように勉強してもらって、そのまま頭が温まっている状態で3.4年の都心回帰とした方が勉強を継続する確率が高いでしょう。ひいては好結果につながる確率が高くなる。

法学部のみが回帰すれば、一時的に偏差値も人気も上がって優秀な学生も入学してくるでしょう。ですが、司法試験というのは毎日コツコツ勉強した人が合格する試験です。多摩で毎日コツコツ勉強を継続し、3.4年で後楽園に来てもコツコツ勉強をする学生に目を向けたほうがいいと思います。

司法試験というとカミソリのように頭が切れる人が合格するというイメージがありますが、ほとんどの合格者は毎日コツコツ勉強してきた人達です。もちろん天才は短期でとっとと合格して行きますが、そんな人はごくごく一部ですよ。そんな天才を予定するのはおかしいと思いませんか?

中大法学部にも天才はいますが、東大に比べ たら明らかに少な い。その理由は東大に合格したら中大法学部には入学しないからです。仮に、都心に中大法学部があったとしても、東大に合格して中大法学部に来る人はいないでしょう。天才が少ないのだから、毎日コツコツ勉強する学生に大学は価値を置いて重宝する方が賢明な判断です。コツコツ勉強してもらうためにも、1.2年は勉強の環境が恵まれている多摩キャンパスの方がいい。

長い目で見れば、大学にとってその方がはるかにメリットがあると思います。優秀な学生の獲得が大事ってのは一理ありますが、司法試験に関しては努力の継続を期待できる環境の提供の方が大事です。これは、公認会計士試験も国家公務員試験も同様です。

それに、民間志望の学生にも勉強してもらわないと困るんです。膨大な 本を読んでもらわないと困る。民間志望の学生に関しては多様な経験も少しはアリですが、大学というのは本来的に時間という特権を活かし、将来に備えて鬼のように勉強する場です。
多様な経験なんて社会に出ればいくらでもできます。反面、社会に出れば大学時代のような時間は確保できません。学生自身のためにも大学のためにも猛烈に勉強してもらわないと困るんです。勉強を継続してもらわないと大学としての評価は間違いなく上がらない。大学の価値の判断基準は結果です。その結果を最もわかりやすく社会にアピールする方法は数字なんです。中大の現況を最大限に考慮して、その数字を1ポイントでも上げられる可能性の高い選択をすべきです。そういう政策を実践することが大事です。

「じゃあ、ずっと多摩でいいじゃないか」と言われそう ですが、それは短絡的。大学の魅力をアピールするという点を考慮すれば、4年間多摩というのは弊害になる。後述するように、ハードの面で受験生を惹きつけられないからです。いかにソフトが充実していてもハードが弱ければダメ。もう受験生の間では中大の負の情報が浸透している。その負の情報を払拭するきっかけとなるのが都心回帰でもあるんです。興味をもってもらわないと全てが始まらないんです。

都心回帰の意義は、
・大学復活の期待から来る中大関係者の情感の高揚
・就職活動の利便性による就職実績上昇の確率の高さ
・ブランドアップ
・カッコよさやオシャレなイメージの取得
・受験生ウケの良さ

これは確かに実践した方が大学にとって明らかにプラス。だが、学部割れは絶対ダメ。長い目で見れば、学部割れしない方が大学全体としての人気も平均偏差値も実力も上がると思います。どう見ても他大学の不人気学部は、人気学部の足を引っ張っている。そうならないためにも、平等に学年割れがいいと思います。

それに、いろんなキャンパスを経験できる方が面白いでしょう。人間は、一生変化を繰り返しながら生きていく以上、本能的に変化を欲します。ずっと同じ場所にいることに飽きてしまうんです。そういう本能的な面からも学年割れって面白いでしょう?

ずっと都心にいれば、空気の綺麗な郊外の大自然に憧れを抱くものです。
ずっと大自然の中にいれば、華やかな都心に憧れるものです(俺自身がそういう環境に育ったし、周りの人も同様のことを言っています)。

だったら、どっちも経験できる学年割れが良いでしょう。

結果を出すためには、学生は鬼のように勉強する必要がある。
結果を出すには、勉強の環境に恵まれた誘惑の少ない場所に大学がある方が良いに決まっている。
だから、1.2年は勉強の環境に恵まれた多摩がいい。
1.2年で猛烈に勉強すれば、頭が温まっているし、それまでの勉強を無駄にしたくないから、3、4年の後楽園でもそのまま勉強を継続します。
資格取得以外の学生も、それまで勉強しているんだから、勉強を継続する学生が多くなるでしょうし、あらゆる社会経験が可能な都心で、それまでの勉強で得た知識を有意義に使うことができるでしょう。

学生にとっても大学にとっても、極めて合理的で説得力のある意見だよね(笑)

だから学年割れがいいと言っているのです。

また、人生は変化に富んでいるから楽しいんです。普段、一生懸命勉強しているから、遊ぶ時間やみんなで盛り上がる時間や休養の時間が充実するし、その有り難みが分かるわけです。

ずっと遊んでワーキャーやって寝てばかりいたら、すぐにその野放図で放埓な人生に飽きて嫌気がさしてきます。
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