中央大学から世界へ!の日記

人間は己の才能を活かし、役割を果たすために生まれてきた。 世界には、きみ以外には誰も歩むことのできない唯一の道がある。その道はどこに行き着くのかと問うてはならない。 ひたすら進め。

【イートン校】とその他いろいろpart9

多摩キャンパスに併設する小・中・高の附属は、超名門 英国紳士を育成する「イートン校」をモデルにしたらいいね。

高貴で優雅で荘厳なイメージを取得できる。また、大学の起源がイギリスだから無理やり感もないしね。
中央大学というかっこいい大学名のイメージともピッタリだ。

イートンボーイ、イートンガールとか言われるようになるよ。
慶応ボーイ、慶応ガールは、幼稚舎からのボンボン連中の呼称が、そのまま慶応のイメージ全般に波及したわけでしょう。

イートン校」をモデルに小・中・高の附属を創設すれば、中大の学生もそう言われるのが自然になります。面白くなりそうだね。

そして、学校の名称は

中央大学附属初等院
中央大学附属中等院
中央大学附属高等院

とすること。

いかにも金持ちで性格悪そうなのがいいよね(笑)こういう学生もいないとダメ。

ここの附属では、英国紳士や英国淑女を養成するようにしようよ。
中大がこだわりまくった教育を施そう。他の附属の学生や中・高・大学からの入学組とは明らかに毛色が違う学生を育成することが大切。

多摩キャンパスをホグワーツに改築して、附属の初・中・高等院も理工学部キャンパスも全寮制の寮も英国風にして、キャンパス界隈も英国風の街並みにすれば、それらしい生徒達が育ちますよ。

とにかく、大学にはいろんな人種がいることが大事。

お坊ちゃん、お嬢ちゃん、附属の学生、指定校推薦の学生、一般入試の学生、金持ち学生、中流家庭の学生、貧乏学生、全国津々浦々から入学する道府県出身の学生、世界中からの外国人留学生等々。

とにかく、いろんな背景を持つ学生を意識的に混在させるようにすることだ。人間というのは常識の違いから来る多様な人種と触れ合うことで、視野が広まり、多様な価値観を学び、人間として成長するものだからだ。

となると、カブっちゃうなぁ〜

中央大学附属初等院
中央大学附属中等院
中央大学附属高等院

が多摩に移転すれば、略称が【中附】になるから、小金井の附属と重複するからちょっと新しい学校名を考えてみた。

中央大学附属小金井高等学校。
これはあかんな。

完全に俺の好みで選びました。地名との関連性はありません(笑)

中央大学附属斑鳩高等学校

中央大学附属神流高等学校

中央大学附属神水高等学校

中央大学附属神楽高等学校

中央大学附属祇園高等学校

中央大学附属西都高等学校

中央大学附属紫水高等学校

中央大学附属和水高等学校

中央大学附属姫翠高等学校

中央大学附属武尊高等学校

中央大学附属御神楽高等学校

中央大学附属帷子ノ辻高等学校

中央大学附属小鳥遊高等学校

中央大学附属聖護院蓮華蔵高等学校

中央大学附属聖護院高等学校

中央大学附属蓮華蔵高等学校

中央大学附属美瑛高等学校

中央大学附属半蔵門高等学校

中央大学附属紅蘭高等学校

中央大学附属英蘭高等学校

中央大学附属白蘭高等学校

どうざんしょ?

なんか全体的にイケメンなんちゃらに出てきそうな胡散くさい名称が多いな(笑)でも、真剣に考えた結果です。

個人的には一番下の三つが上から順にお気に入り。【紅蘭(こうらん)】は女子ウケ良さそう。中大は基本的に男っぽくて硬いイメージがあるから、こういう女っぽくてアニメチックな高校名だったらイメージアップにつながる。

また、校舎が赤茶色だから【蘭】って言葉が似合う。

中附、中杉、紅蘭、中横。

リズムもよい。

それにしても、まあ、俺も妄想だけでよくここまで考えるよね(笑)
面白いからどんどんアイデアが出てくる。何でも好きこそ物の上手なれだね♫

セレンディピティserendipity)】

「自分の好きなこと、やりたいこと、才能や性格に合ったことを選択して、死ぬまで目標を立てて行こう!」

と、既述の記事で言いました。

タイトルと冒頭の叙述をリンクさせ、その根拠を述べたいと思います。

セレンディピティというのは、自分が興味あることにアンテナを張ることで、有益な情報がどんどんシンクロして自分の元へやって来ることを言います。

具体例を挙げるならば、例えばA子さんは洋服が大好きで、将来アパレル会社を起業したいと考えています。

起業したいと思ったらいろいろ調べますよね。会社の作り方、会社の経営の仕方、商品の仕入れ、原価の計算、人材育成、ネット通販のやり方などなど。その他にもいろいろあります。

こういうことは自分が興味あるからどんどん興味の輪が広がっていき、起業情報がどんどん取得できるわけですよね。興味がなければこんな情報は入ってきません。

まず前提として根本にあるのは「好きな洋服屋さんをやりたい」です。だからその思いにまつわるいろんな情報を仕入れようと思うし、その仕入れの過程で思いや情報が有機的に連関してどんどん必要な情報が自分の元に流れ込んでくる。友人や知人に常日頃アパレル関係の会社を立ち上げたいとか、今、起業の最中とか言えば、人伝に有意義な情報も入ってきます。口コミでも広がっているので、知らない人からの有益な情報もいっぱい入ってきます。

セレンディピティというのは、こういうことです。だから好きでやりたいことをやるべきだと言っているんです。

定義付けるなら「セレンディピティとは最大の好奇心から来る有機的連関」のこと。

面白そう!やってみたい!と思ったことにはどんどんチャレンジしましょう!

P.S 一時期流行ったスピリチュアルのシンクロニシティと似てますが、あれとは違います。

因みに、スピリチュアル関連の本は読まない方がいいです。あれは楽をしたいだけの思考停止のグータラが読む本です。浅見帆帆子や小林正観とかもダメ。

その他にも成功マニュアル本や三流タレント本などもダメ。血液型関連の書籍なんて論外です。

みなさんが読む本は
・物事の本質を追求したもの
・事実をしっかり把握できるもの

この2つです。
ゴミのような本に貴重な時間と金を浪費しないようにしましょう!

なんかまた話が逸れたな(笑)

【どうして推薦という制度があるの?】

大学の推薦制度ってそもそもどういう趣旨で制度として存在するのでしょうか?

一言で言うならば、確実に入学してくれる受験生の確保です。

一般入試で合格を出しても、数多の大学を受験している生徒が確実に入学してくれるという保証はありません。

基本的に私立大学は国公立大学の滑り止めです。歩留まり率ほぼ100%の国公立大学とは違います。
全国トップクラスの私立大学でさえ50~70%の受験生に入学辞退される運命にあります。

ですから、附属の小・中・高を創設したり、指定校推薦制度や留学生制度を導入することで確実に入る学費を早めに確保しているわけです。資金がなければ経営が成り立たなくなりますからね。

しかし、全ての学生を推薦で埋めてしまっては大学の価値は失墜してしまいます。何より偏差値も出ませんからね。で、もちろんどこの大学も質の良い学生を入学させたいので、優秀な学生を採るために高偏差値が出る入試形態を実践しているのです。基本的に私立大学は国立大学に比べ科目数が少ない。これは高偏差値を出すためには必然です。昔、早稲田の政経学部の偏差値が東大を越しましたよね。もちろん、科目数が少ないから越したのです。入試科目を減らすことによって、見せかけの偏差値を上げることができます。

慶応の1科目、2科目入試などもその典型ですね。

また、推薦枠が多いということは、それだけ一般入試の定員が少ないということ。だから、一般入試による入学の難易度を上げることができるから偏差値を上げることができるわけです。

推薦制度は富裕層の子息子女を入学させることにより寄付金を期待できるという側面もありますが、何とか定員を確保するための手段という方が実態に近いでしょう。

また、国立附属(教員養成系学部に多い附属の学校)の場合の設立趣意は、教育実習学生の派遣先と、教育研究施設の自前確保です。

また、附属を有している私立大は基本的にその歴史的沿革から独自性を標榜しています。その私立大の信ずる教育を生徒や学生に施して、社会で活躍できる人材を送り出したいというビジョンもあるでしょう。附属設立の理念は概ねこうですから。

もちろん、歴史的にこれら以外の目的や経緯で設立されている学校もありますが、ほとんどは上述したどれかに該当します。

推薦の根っ子はこんな所です。一般受験の学生のみなさん、推薦に対する葛藤が少しは緩和されたかな?

附属推薦のメリットは、気心知れた同級生と大学までエスカレーター式に進学できるので人脈が築きやすいということでしょうね。人間関係を一から築き上げなくていいというのは何かと楽ですから。

まあ、羨ましい限りだね。

中杉、中附、中横、中大高のみなさんは、本人の努力もあるでしょうが親に感謝しましょうね。