中央大学から世界へ!の日記

人間は己の才能を活かし、役割を果たすために生まれてきた。 世界には、きみ以外には誰も歩むことのできない唯一の道がある。その道はどこに行き着くのかと問うてはならない。 ひたすら進め。

箱根駅伝に中央大学が出ていないという事実 

最多87回連続出場がストップ。
とうとうこの日が来てしまったな。
残念無念…。

何とか改善する方法はないものだろうか。ここ数十年中途半端な結果だよなぁ。伝統校なんだから出場するのは当たり前なんだよね。そんなレベルの低い所に価値なんか置いてはダメだ。優勝以外に意味なんてない。優勝以外はみんな負け。
確かに負けて得るものはあるだろうけど、約20年も負け続けてるんだから教訓も何もないよね。努力したことに意義があるとか、来年につながる敗戦だとか言うのは高校まで。
目標に向かって努力するのは当たり前。来年なんかにつなげなくていい。今年勝たなかったら意味なんてないと思わないとダメだ。

こういうことを言うと「じゃあ、お前がやれよ」とかいう犯罪的バカが必ずいる。
だけど、やってる人間というのは批判していいんだ。やってない人間が批判するのはダメ。俺はやってるし、全国レベルのハードなスポーツを経験してきたし、結果も残してきた。だから、言う資格がある。
また、批判や意見をしないと内部の人間というのは、なぜ負けたのかもよく分からないんだ。だから、やってる人間や、やってきた人間が批判をすることで勉強にもなるし、改善しようとも思えるんだ。

やってない人間、楽ばかりしてきて言う資格のない人間が偉そうに批判するのはアウトだ。そんな連中にまともな批判なんかできるわけがないし、相手もそんなバカの言うことに耳を傾けようなんて思わない。

ケニア人の留学生を出場させるわけにはいかんのだろうか。
ケニア人を出場させるなんてなったら、中大陸上競技部のOBを初めとしたお偉方の面々からクレーム来まくるだろな。
「最多優勝を誇る我らが伝統の中大陸上競技部に外国人選手など必要ない!純国産で勝ってこそ意味がある!楽して優勝しようなんてするな!」みたいな声が聞こえてきそうだ。

ケニア人留学生をメンバーに入れて優勝しても、確かにどっかでちょっとズルしたなみたいな感じはある。でも、個人的にはなりふり構ってる場合でないと思うがなぁ。外国人選手を使うことは、ルールの枠内なのだからズルをしてるわけじゃないしね。

勝負というのは勝たなければ意味がない。トップじゃなければ意味がない。

じゃあ、今の中大の状況で箱根で優勝できますか?と言ったら、かなり厳しいからね。

勝てないということは、勝てる大学へ優秀な選手が流れるってことだし。20年近くその負のスパイラルから脱却できないから、連続出場がストップしてしまったわけだし。
単純に、20年間負け続けたことで優秀な選手を獲得できてないから負けただけ。

戦略云々にしたって箱根駅伝の戦略なんて簡単だろ。選手の能力に合わせて適材適所に配置すればいいだけ。その能力を伸ばすべく日々鍛錬を積めばいいだけ。その選手が優秀であればあるほど優勝の確率が高くなる。これだけだろ。

気候や風や体調の計算にしたって、これだけの歴史があれば対策なんてできるに決まっている。
怪我する可能性の高い選手は走らせない方がいいに決まっている。
何かとアクシデントを起こしやすい選手も同様だ。

そんなこと監督やコーチなら分かっているはず。選手にしたって分かっているはず。

ケニア人留学生を走らせてでも優勝する方がいいと思うけどなぁ。
毎年の成績がこうなんだから。
また、スポーツというのは努力でなんとかなる範囲を超えている。
勉強のように努力でなんとかなる範囲にない。
ケニア人留学生を使ってでも優勝を継続することで、優秀な日本人選手も入ってくるだろうしね。
ましてや大学としてのブランドもあるわけだし。

だが、じっちゃん達は嫌がるだろうなぁ。

でも、近代化を図らないと何も変わらないのも真理だ。

スポーツは才能。勉強なんかと違って、努力でなんとかなる範囲を明らかに超えている。

良い選手に来てもらうためにも勝たなきゃ。勝ち続けなきゃ!

OBのじっちゃん達の言うことは無視して、ケニア人留学生を獲得しなきゃ。

じゃないと、永遠に勝てないよ。

例えば外国語学部の50%くらいは留学生枠にして、アフリカの身体能力に優れたランナーを取り込めばいいじゃない。
練習場所は目と鼻の先だから、文武両道は充分可能だ。
フィフティーフィフティーだから、日本人学生との相部屋のバランスもいい。
とにかく、箱根駅伝は中大スポーツの中核を成す競技だ。絶対に毎年トップにならなければならない。
純国産にこだわることなんてないよ。ルールの枠内であれば、どんな手を使ってもいいんだ。勝たなければ意味なんてない。

ケニア人留学生を採らないと優勝なんて夢のまた夢。

こんなこと素人でも分かること。

古豪だの最多出場だの伝統だの看板だの言うけど、そんなの昔の遺産だろ。古豪と言うのは、昔は強かったけど、今はイマイチって意味だから。

勝たなきゃいけないのは【今でしょ?】

行動しないと何にも変わらない。

でも、フェアじゃないことを嫌うからなぁ。特に体育会系の世界は。

ホリエモンみたいにどんな手を使ってでも勝てばいいなんて思えないんだよ。1の努力で100の成果を得たいなんて思えないだよ。

勝たなければ意味はないと思っているけど、フェアで清廉潔白な方法で、血の滲むような努力をして勝ってこそ意味がある。体育会系の世界はそういう勝ち方じゃないと正しい勝利じゃないと思いすぎるきらいがあるんだ。

まあ、難しい問題だよね。

でも、このままじゃどんどん失墜していくことは明らかだ。

ケニア人留学生を受け入れられないんなら、すごく足の長い日本人選手ばかりをスカウトして、めちゃくちゃ練習させるとかしかないのかな?

個人的には、ケニア人留学生はどこの大学も廃止した方がいいと思う。

ケニア人留学生を擁して箱根駅伝で1位になっても、母校の卒業生の気持ちはぶっちゃけ微妙だろ。

山梨学院大が毎年2人のケニア人留学生を擁して優勝しまくっていたけど、あれで母校愛が醸成されたかと言うと、そうも見えなかったしね。

日本人全員が純日本人チームで優勝してこそ意味があると思っているからなぁ。

今年は箱根駅伝に出てないから、OBからの苦情が殺到しているだろうな。

今年の正月の楽しみが一つ減ってしまった(--,)ぐすん

「生き残るのは、もっとも強い生物でも、もっとも狡猾な生物でもない、もっとも変化に適応できる生物だ」ってな。

ヤフコメにあった言葉。深いよね。
中大のスポーツ、学問、経営全てに当てはまるな。心の往復ビンタをくらった気分。

ヤフコメは、罵詈雑言の嵐だ。

スポーツでも何でも世の中は基本的に【勝てば官軍負ければ賊軍】の世界。

戦いに勝ったほうが正義になり、負けたほうが不義となる。道理はどうあれ強い者が正義者となる。

だから、勝たなければならないんだ。

負の評判というのは世間に浸透しやすい。今回の慶応の広告学研究会の事件もそう。

特に一流大学は非難の対象になりやすい。なぜなら、バカな大衆というのは一流大学生に劣等感を持っているから。だから、ここぞとばかりに叩くんだ。そんなことで劣等感なんて払拭されるわけないのに、バカのくせに自分は有能だと錯覚したいがために叩くんだ。

また、バカな大衆は必ずと言っていいほど、駅伝や事件とは何にも関係ないことに結びつけて、非難の対象を拡大する。そして、その拡大した対象をさらに拡大させていく。

今回の中大の連続出場ストップに託けて、司法、会計、公務員、立地、学生気質、ど下手くそな経営等々、その他、関連すること全てに波及させていくんだよね。相手の弱点を突くことが勝利への常套手段だから。

慶応の事件にしたって、どんどん出てくるでしょう。

で、その非難の拡大スパイラルの黒幕となっているのがマスコミだ。
もっというなら、その大学のライバル関係にあるマスコミが黒幕になっている。もちろん、叩きまくることでライバル大学の人気を失墜させ、自大の人気を集めるため。そして、金儲けのため。言うまでもなく、その黒幕はどこの大学出身者が多いか分かるよね。

大衆というのはバカだから自分で考えようとしない。マスコミが扇動することで大衆はすぐに呑み込まれてしまう。
ヒトラーが「大衆はバカだ」と言っていたが、為政者として彼は大衆の本質を見抜いていたんだ。

また、世相を形成するのもそのバカな大衆なんだよね。世の常識は多数派が決めるもの。多数派というのはバカな大衆がほとんどでしょ?

だから、何でも勝たないとダメなんだ。勝ち続けないとダメなんだ。負けてはダメなんだ。

勝利、トップ、合格以外に何の意味もない。中大関係者全員は、これが当たり前だと思わないといけない。

P.S
OBのじっちゃん達から批判が殺到しているだろうなぁ。
てゆうか、何で一年生が主将やってたんだろ?

あと、前任の監督が厳しくなかったとか記述してあったけど、監督、リーダー、コーチとして厳しさがない時点でアウトだからね。優しいということは厳しいということ。
スポーツでも仕事でも結果を出しているチームは必ずと言っていいほどリーダーが厳しい。

みなさんも組織に入って出世をするつもりなら、今のうちから【帝王学、監督論、リーダー論、経営学コーチング術】などの本をいっぱい読んでおこう!

あと、人の上に立つというのはすごく大変で難しいこと。

リーダーになれば、上司がどうしてあんなに厳しくて、理不尽で、矛盾だらけなのかが分かるでしょう。

上司の覚えがめでたい奴が出世していくという事実も分かるし、また、人間は理屈じゃないというのも同時に分かる。

大学は基本的に論理至上主義の世界だから【論理的=正】という思い込みを払拭するのに多少時間がかかるかも。

大学教授でもたまに理不尽なことを言う人がいるでしょう。あれは、【論理的=正】じゃないということを知っているから理不尽なことを平然と言っているわけ。頭のおかしい学者も確かにいるけど、理屈が全てじゃないと分かっておられる先生方も多くいます。

人生はカルチャーショックの連続です。

負けんなよ。